保守思想とは、オトナであること。ミーハーB層はコドモ 備忘録 更新10/4

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2018/10/4更新
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多様である人々

ファミレスの多様性


 ファミレスは便利で良いですね。ドリンクバーなどもあったりして、下手したら、ドリンクバーだけで何時間も粘れてしまいます。うん、確かに質の悪い客ですね。自覚しています。御免なさい、ジョ〇サン。

 いつでしたか、お腹が空いたのでツレとともに近くのファミレスに立ち寄り、テーブルに通され注文し料理を待っていたのです。

 すると、向こうの方で、子供の大きな声が聞こえ、何かなと思い目をやると、小さな男の子が、地べたで仰向けで寝転がりウダウダしているwそして、その男の子の周りを女の子がローラーのついた靴でクルクル回っているのに気付くw

 目を疑ったのですが、やはりその子供二人は長い事その所業を続け、そして、近くにいる母親もその二人を無視するのです。その上、店員さんも何一つ注意もしない様にはビックリしましたが、そこはファミレスお察し。

 意識高い系は、「日本はこの何十年で大事なものをとことん失い続け、そして、決して徳目の面においても他国にとやかく言えないほど、経済優先の普通の国になってしまったんだな」でしょうか。

 僕も、同様のことを思いました。が、しょうがないと諦めて、料理を食べ店を後にしました。

 店からの帰りみちで、ツレと話したのですが、結論は「まーいろいろあるから、しゃーないね」と、諦めるふりをしました。

 ただ、内心は違います。

 「普通の国の普通の日本人同士なら尚のこと、男女同権、平等での議論以前の問題であり、そもそも、本来日本に根付いていた大事な部分を失い続け、そして、その日本人同士がぶつけ合う道徳や倫理観由来の正義なんてものはたかが知れている。そして、その姿は泥仕合と言えるほど醜い」

 ....うん、鬱陶しいwこんな類の事を考えていましたが、言わなくて正解。お前が一番五月蠅いよ!で終了。


年々幼くなる日本人


 ファミレスから帰り、PCを立ち上げ、すぐさまweb検索である画像を探した。

 ファミレスの男の子と女の子が許せなかったからだ。そして、僕の水に流せない幼児性も情けないw

 家で文句を言わないツレは大人だ。

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報道写真家 ジョー・オダネル撮影 「焼き場に立つ少年」 (1945年長崎の爆心地にて) 

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。
すると、白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は、60センチ程の深さにえぐった穴のそばで、作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を、石灰の燃える穴の中に、次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が、歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は、当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子は、はっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという、強い意志が感じられました。
しかも裸足です。
少年は、焼き場のふちまで来ると、硬い表情で、目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊は、ぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分、立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に、初めて気付いたのです。
男達は、幼子の手と足を持つと、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶ける、ジューという音がしました。
それから、まばゆい程の炎が、さっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を、赤く照らしました。
その時です。
炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年が、あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に、赤くにじんでいました。

夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま、焼き場を去っていきました。

[朝日新聞創刊120周年記念写真展より抜粋]

 今から約70年前の話なのだけれども、何かもう別の人々の様で、戦後の自由と民主主義の中で、散々失い続けた徳目と言ったものは、上でも挙げたファミレスの話が示し、かつ、写真の10歳の少年を見てもわかる。


教育勅語について


【 教育勅語の十二の徳目 】


孝行(こうこう) =親に孝養をつくしましょう

友愛(ゆうあい) =兄弟・姉妹は仲良くしましょう

夫婦(ふうふ)ノ(の)和(わ) =夫婦はいつも仲むつまじくしましょう

朋友(ほうゆう)ノ(の)信(しん) =友だちはお互いに信じあって付き合いましょう

謙遜(けんそん) =自分の言動をつつしみましょう

博愛(はくあい) =広く全ての人に愛の手をさしのべましょう

修学(しゅうがく)習業(しゅうぎょう) =勉学に励み職業を身につけましょう

智能(ちのう)啓発(けいはつ) =知識を養い才能を伸ばしましょう

徳器(とくき)成就(じょうじゅ) =人格の向上につとめましょう

公益(こうえき)世務(せいむ) =広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう

遵法(じゅんぽう) =法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう

義勇(ぎゆう) =正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう




 日本人一人ひとりに、この様な徳目教育を施し、写真の子を見てもわかるが、極限状態においてもなお、恨みつらみを言う訳でもなく、ただただ、死者に対し敬意を表す様は一人の武士。

 転じて、現代に目をやると、ファミレスでの一件をいつまでもネチネチ言う自分の幼児性が残念。


御先祖様に寄り添ってこそ


 悔しかったことでしょう。悲しかった事でしょう。家族の方も被害にあったかもしれません。

 それでも文句も言わず、唇をかみしめ耐えている。

 1945年に戻って、彼を抱きしめたくなります。

 転じて、現代に目をやると、ファミレスでの件の子供たち。うん、思い出しただけでも、蹴飛ばしたくなるww(*‘ω‘ *)

 いや、冗談です。ただ、写真の子、後に幸せになれたろうか....何か申し訳ない気持ちしかありません。

 いわゆるリベラル層が戦前の日本は悪で、兵隊さんにおいても悪魔と吹聴し続けてきた。ただ、子供ひとり見てもこの有り様で、とてもでは無いが悪魔のそれではなく、立派なひとりの武士。

 これは、当時の徳目教育あってこそとも思う。

 彼らは、その教育のなかで育ち、そして、青年となり戦地にも赴き、かなしきいのちを全うさせてこそと勇敢に戦い散華した。

 写真の子が、文句も言わず願った日本は、もう、どこにも無いのかも知れない。

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