保守視点から語る、讀賣巨人軍を嫌う理由...  4/18追記 “因縁対決”第2戦は山口に軍配。地元、飯塚悟史は故郷に錦を飾れず

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Bytake0606

2018/04/18更新
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 左右の両輪である、菅野、田口と開幕以来2試合続けて相手打線につかまっており、山口に期待せざる負えない状況に、讀賣ファンはなにを思うか...
 活躍して、ぼろクソ言っていたやつらを黙らせろ。
 勝てば官軍、結果至上主義の何でもござれの讀賣巨人軍。安定の様式美、伝統芸手のひら返しを今年も炸裂か...



 “因縁対決”第2戦は山口に軍配。地元、飯塚悟史は5回2/3まで好投も中継ぎ投手がつかまり、故郷に錦を飾れず。DeNAの連勝は8で止まる。
 
 しっかし、なんでDeNA相手に好投するんや( ;∀;)





 ちらが、一般的なアンチ讀賣像でしょうか      


ではでは、ここからは、自分自身の個人的なアンチ讀賣観をつづりたいと思います。気分を害しましたら、そっ閉じでお願いします。



保守からみる読売巨人軍の嫌いなところ

読売巨人軍は保守じゃないよ


 売巨人軍の嫌いな理由を挙げてゆきます  

 さてさて、こうやってまた一つ嫌われていくのですが、気にせず続けます(⋈◍>◡<◍)。✧♡

 まず、保守視点から語っていきます。

 テレビ・新聞と言った旧媒体は、戦後日本を統治したGHQにより、米国の都合を喧伝するスピーカの役割を担わせれました。また、それは同時に、日本の弱体化を意図するものであり、その喧伝とは、いわゆるWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と呼ばれています。また、文化の分野でも、いわゆる“3S政策”と言うものがあり、Screen(スクリーン=映画)、Sport(スポーツ=プロスポーツ)、Sex(セックス=性産業)を用いて人々を堕落させ、政治の無関心状態をつくりだす愚民政策のことを言います。

3S政策  https://ja.wikipedia.org/wiki/3S        



日本の問題点は読売巨人由来!?


 人軍はプロ野球チームであり、親会社は旧媒体で、戦後復興を国民とともにあった反面、それは同時に戦後日本そのもののすがたとも言え、もし、現在の日本が行き詰まり、道徳観や倫理観、宗教観などが破壊されているのだとして、また、それらが由来し、ありとあらゆるところで問題が顕在化しているのだとしたなら、読売巨人軍が戦後日本で果たしこと、また、指し示したこととは間違いだったのかも知れません。



結果がすべての出鱈目


 つためには手段を選ばない、結果がすべて、結果至上主義の讀賣。

 勝つ為にはルールを都合よく変更します。有名なところではFA制度がそうでしょう。FA制度導入を1リーグ化も辞さずの姿勢で、強引に導入の流れをつくったのが渡辺恒雄元球団オーナーであります。当時、導入にあたりFA制度に対し日本的ではないと否定的に見る向きもありました。が、反対を押し切り、選手会からの協力も得て導入の流れとなります。

渡邉 恒雄(わたなべ つねお、1926年〈大正15年〉5月30日 - )は、日本の新聞記者、実業家。株式会社読売新聞グループ本社代表取締役主筆。勲等は旭日大綬章。「ナベツネ」の通称で知られる。
株式会社読売新聞社社長、球団オーナー、株式会社読売ジャイアンツ取締役最高顧問、社団法人日本新聞協会会長などを歴任した。
自ら「俺は最後の独裁者だ」と語ったとされ、マスメディアにおいて「球界の独裁者」または単に「独裁者」と呼ばれていることについては、渡邉自身が認めている。他に「メディア界のドン」「政界フィクサー」とも呼ばれている。

wikipedia


 FA制度とは、何か?

ザックリ話すと、金持ち球団が貧乏球団の選手を、貧乏球団より高い契約を結ぶことにより移籍をさせるというもの。

まぁ、この点に関しては、意見が分かれるところなのでしょうが、保守視点で話すなら駄目ですね。



「紳士」「品格」とは『武士道』由来


 「仁」とは...
人としての思いやりと他者への憐れみの心。「惻隠の情」であり弱き者を、いたわり思いやる心。

 まず、武士道の徳目である、「仁」に反していますね。「惻隠の情」がないという事になります。また、「仁」が無いという事は「礼」の気持ちも無いということです。

 「礼」とは...
仁の精神を育て、他者の気持ちを尊重し、そこから生まれる謙虚さ。つまり礼のことで、「礼儀作法」の根源。

 すぐさま、2つの徳目を反してしまいました。これでは、“紳士”とは言えません。“紳士たれ”を全うしてこその読売巨人軍のはずですが、“大正力”のお気持ちは忖度しないようです。

 また、そもそも、武士道と言った堅苦しいモノではなく、情の部分から考えても、強いものが、弱いものに対し力を背景としてイジメてる様に感じませんかね。

 日本に、そう感じない人が絶対数いるからからこそ、イジメそのものが無くならないのかも知れませんし、のちに書いてゆくことになると思いますが、何かひとつ過ちを犯すだけで、そのひとつの過ちをあげつらい、立ち直れないほどの袋叩きを加えたりもしてしまう事にも、繋がっているようにも思います。

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日本は常に貧しかった...

物量で勝負するものが保守?


 前の日本国と日本人も、欧米列強からイジメを受けていました。

 当時の国際情勢とは弱肉強食の世界であり、帝国主義の時代です。下の図でもわかる通り、世界のほぼ全てが欧米列強により支配されていました。

 それらの、欧米列強の悪意と対峙したのが戦前の日本人であり、日本国だったのです。

 ただ、もちろん、戦争自体を正当化したいわけでは無いですし、例え話をしたかっただけなのです。

帝国主義の世界(赤が欧米の帝国主義勢力) (一部地図の色分けに間違いがあります。南米とアフリカの一部)
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https://fujissss.exblog.jp/10705930/

弱肉強食が世界のルール


 時の国際情勢とは、こう言ったものなのですが、これが当時のルールで、弱肉強食が世界のルール。“弱きものは滅べ!”がルールだったのです。

 ただ、確かにルールなのですが、ルールだから仕方がないと受け入れられますか?と言うところですね。

 もちろん、状況にもよりますが、“赤色”に塗られている植民地の人々だったとして、受け入れられますかね?僕は無理そうですが、仕方ないです、泣く泣く、受け入れるしか無いようです。

 植民地にされてしまっているので、逆らったところで、あの世行きです。力の論理とは、こういうものと言えます。ルールを作るのは強者であり、弱者は泣く泣く飲まざる負えないとなります。

 プロ野球に話を戻すと、強者である讀賣巨人軍が、力を背景に弱小球団に無理難題を飲ませていたとなります。上の図で話すのなら、“赤色”の讀賣球団が、“黒色”の弱小球団に無理難題を飲ませていたとなります。これらの点からも、讀賣球団とは日本の歴史と伝統からは乖離しているとも言えそうです。

1910年当時のアジア情勢:日本は欧米列強に包囲されていた
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https://fujissss.exblog.jp/10705930/

もののあわれを感じてこそだけども


 ールを遵守しているのだから、良いのだろうとなるのでしょうか?

 では、ルールを守っていれば何をしてもいいのですか?と聞き返したいですし、彼らの考えとはルールを守っていれば人を悲しまさせて良いとなります。また、これらの考えは、法に触れなければ何をしても良いと行った安直な考えに繋がっていきます。

 ゲス不倫が世間を騒がせましたが、あれも、法を破っているわけではありませんから、週刊誌が騒がなければ関係性も続いていたのでしょう。もちろん、のちの袋叩きのリンチも起こらなかったのでしょうね。

 そもそも、不倫自体がダメなんですよ。ただ、そうだとしても袋叩きのリンチも正しくない。

 でも、これだって別に法に触れているわけではない。週刊誌などマスメディアが騒いだだけの事で、この騒ぎを作りだしたマスコミも法には触れていない。だから、良いじゃないか別に、となってしまいますか?

 いや、駄目ですよ。讀賣巨人軍が行っていることとは、そういう事とも言えます。



約束を守ってこその紳士

契約の概念は『武士道』から

  

 約の反故を迫ったりもします。

 山口俊めぐり、讀賣球団と選手会の間で小競り合いになった件ですね。2004年の球界再編時のような全面対決は避けられて一安心しました。

 いわゆる、プロ野球再編問題とは、“1リーグ化騒動”でもあるのですが、某元讀賣巨人オーナーの意図するところにはならず、選手会側に軍配が上がりました。また、選手会側の勝利となることで、選手の権利を勝ち取り、1リーグ制の阻止、ドラフト制度改革なども行われました。

 翌年には、交流戦も始まり、新規参入球団としてソフトバンクホークス・楽天ゴールデンイーグルスが加わることとなり、プロ野球のターニングポイントといえ、同時に、讀賣球団の弱体化の始まりでもあったようです。

 と、脱線しましたが、1リーグ化を力で迫り押し切ろうとするも世論の猛反発をくらい、むしろ力をそがれた2004年の騒動。また、本案件である、力を背景に契約の反故を山口に迫った件、マスメディアでありながら、徐々に世論を讀賣球団側に向けられなくなっているようにも映ります。

 いわゆる“紳士球団”らしいので、引用しますが

 「誠」...とは
文字通り、言ったことを成すこと。嘘や誤魔化しを嫌い「武士に二言はない」という言葉は武士道の徳目である。

 約束ですね。契約の概念です。資本主義の根幹ともいえますが、力で約束を反故にする事を良しとするのが、讀賣なのだとして、果たしてそれが保守的なメディアなのか、となりますが...腹を切らなきゃですね。


損得勘定のサムライとは。武士の商法でこそ



 谷翔平が海を渡り、最高の舞台で自分の可能性を試そうとしている。自身を証明しようとしている。

 日本球界におけるトッププレイヤーである大谷が、純粋にメジャーの舞台で自分がどのくらい通用するのかと思う心は無垢で美しい。また、大谷に限らずと思うが、同様の心根を持つプレイヤーが日本球界にはまだ、たくさんいるのだろう。

 ただ、その無垢で美しい心根を延々とカネの力で穢し続けて来たのが読売巨人。しかし、時代は変わった。読売巨人軍とはトッププレイヤーにとって魅力的な舞台ではないようだ。

 歴史の中で、そこに暮らす人々の連綿とした習慣の積み重ねが、伝統や文化だったとして、また、それら、歴史や伝統文化を尊重してこその保守思想だったとすると、プロ野球において、地域に根差す野球文化や、それらのファン、また、その地域でプレーする選手の心根をカネや力を背景に穢すことを延々と続けた、讀賣のどこが歴史と伝統ある球団なのかと思う。

 日本という国の歴史の中で、いつ、カネや力を振りかざした時代があったか。嘘をつくなと思うね。

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