2018ドバイワールドカップデー ドバイワールドカップGⅠ -3.31satアラブ首長国連邦・ドバイ-

take0606

2018/03/30公開
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2011年3月26日 ドバイワールドカップ ヴィクトワールピサ  
引用 - キングスポーツ
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ドバイワールドカップ GⅠ Dubai World Cup
2018/03/31(土) 25時50分発走 ※発走日時は日本時間
UAEメイダン競馬場
ダート左2000m

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レース概要 世界トップクラスのダート競走
ドバイワールドカップ(G1、ダート2000メートル)は、毎年3月末に5つのG1を含む8つのサラブレッドによる重賞(ほかにアラブのG1が1つ)を行う「ドバイワールドカップデー」のメインレース。ダートにおける世界最高峰のひとつで、国際競馬統括機関連盟(IFHA)が発表した2017年の「世界のトップ100 G1レース」では全体で第3位、ダートのレースとしては、アメリカのブリーダーズカップクラシックを上回るトップ評価を受けている。その総賞金1000万アメリカドル(約11億3000万円。1アメリカドル=113円で換算)は、同じくドバイワールドカップ開催で行われるドバイシーマクラシックとドバイターフ(ともにG1)を400万ドルも上回るドバイナンバーワン。2017年にアメリカでペガサスワールドカップ(G1、2018年の総賞金は1630万ドル)が創設されるまでは世界最高賞金レースの座にもあった。

ドバイワールドカップが創設されたのは1996年のこと。世界最高のレースをドバイで開催することを目指したドバイのモハメド殿下(現ドバイ首長)の発案によるものだった。記念すべき第1回のレースは当時の世界最高賞金となる総賞金400万ドルをかけて、ナドアルシバ競馬場のダート2000メートルを舞台に争われ、前年のブリーダーズカップクラシック(G1)を制してアメリカ年度代表馬に選ばれたばかりのシガーが、アメリカでの調教中に挫傷するアクシデントを乗り越えて見事に優勝。このスターホースの勝利が、当時競馬開催国としては世界でほとんど知られていなかったドバイでスタートしたドバイワールドカップの成功を決定づけた。

その後、第2回(1997年)を前年のジャパンカップ(GⅠ)の勝ち馬であるシングスピールが制すと、その翌年(1998年)には準重賞から一足飛びにG1に昇格。2000年には、デビュー前に調教の動きを見たモハメド殿下が「ミレニアム(2000年)のドバイワールドカップを勝つのはこの馬」と宣言して、ヤゼールから改名したドバイミレニアムがコースレコードを塗り替えて6馬身差で圧勝した。 その後、2010年にはナドアルシバ競馬場(廃場)から現在のメイダン競馬場へと開催場が移り、同時にダートからオールウェザーに変更となったが、2015年からは再びダートに回帰。2017年にはアメリカのアロゲートが快勝し、アメリカの歴代賞金王の座に就いた。

日本馬は第1回からライブリマウントが参戦(6着)。第2回ではホクトベガがレース中に転倒して亡くなるという悲しい出来事もあったが、それ以降もほぼ毎年のように出走。オールウェザーでの開催だった2011年にはヴィクトワールピサとトランセンドがワンツーフィニッシュを決めたほか、ダート時代の2001年にはトゥザヴィクトリーが逃げて2着に健闘している。


文:秋山 響(TPC)
引用 - http://www.jra.go.jp


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2018年ドバイワールドカップGⅠ 出馬表
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引用 - http://www.netkeiba.com/

2018年ドバイワールドカップ

出走する日本馬



1番 アウォーディー AWARDEE (USA)
牡8 57kg 武豊
前走 フェブラリー(GⅠ) 9着 武豊


歴代出走日本馬


馬名 性齢 着順 騎手
2017
アウォーディー 牡7 5 武豊
ラニ 牡4 8 R.ムーア
アポロケンタッキー 牡5 9 C.ルメール
ゴールドドリーム 牡4 14 J.モレイラ

2016
ホッコータルマエ 牡7 9 幸英明
2015
ホッコータルマエ 牡6 5 幸英明
エピファネイア 牡5 9 C.スミヨン

2014
ベルシャザール 牡6 11 C.ルメール
ホッコータルマエ 牡5 16 幸英明

2012
エイシンフラッシュ 牡5 6 C.ルメール
スマートファルコン 牡7 10 武豊
トランセンド 牡6 13 藤田伸二

2011
ヴィクトワールピサ 牡4 1 M.デムーロ
トランセンド 牡5 2 藤田伸二
ブエナビスタ 牝5 8 R.ムーア

2010
レッドディザイア 牝4 11 C.スミヨン
2009
カジノドライヴ 牡4 8 安藤勝己
2008
ヴァーミリアン 牡6 12 武豊
2007
ヴァーミリアン 牡5 4 C.ルメール
2006
カネヒキリ 牡4 4 武豊
スターキングマン 牡7 7 O.ペリエ

2005
アジュディミツオー 牡4 6 内田博幸
2004
アドマイヤドン 牡5 8 安藤勝己
リージェントブラフ 牡8 9 吉田豊
サイレントディール 牡4 12 武豊

2002
アグネスデジタル 牡5 6 四位洋文
トゥザヴィクトリー 牝6 11 O.ペリエ

2001
トゥザヴィクトリー 牝5 2 武豊
レギュラーメンバー 牡4 9 松永幹夫
2000
ワールドクリーク 牡5 6 加藤和宏
1998
キョウトシチー 牡7 6 松永幹夫
1997
ホクトベガ 牝7 中止 横山典弘
1996
ライブリマウント 牡5 6 石橋守

主な活躍馬 レース映像


2011年 ヴィクトワールピサ 優勝


ドバイワールドカップといえば、やはり2011年のワンツーフィニッシュではないだろうか。

2週間前に発生した東日本大震災に打ちひしがれる日本人を勇気づけ感動も届けてくれた。自分もテレビの前で何度ガッツポーズをしたか。ツレに大ヒンシュクだった事は良い思い出。

これは、脱線だったとしても、ヴィクトワールピサが手にした勝利は日本調教馬には難攻不落はおろか、攻略不可能とも思われていた最高峰の一角を陥落させただけでなく、何物にも代え難い忘れることの無い特別な1勝となったのではないだろうか。

ヴィクトワールピサの他にもブエナビスタ、トランセンドといった芝とダートともに多士済々のトップホースが参戦した。

レースはトランセンドがハナを切ると向正面ではペースはスロー。最後方から徐々に進出したヴィクトワールピサが一気に先頭へ進出。そのまま、トランセンドとともに直線に突入していった。

前を行く日本馬2頭の背後からケープブランコ、その間を狙って翌年のドバイWCを勝つことになるモンテロッソが接近。また、大外からはジオポンティが強襲も、ヴィクトワールピサはトランセンドとの激しい叩き合いを制し体半分だけ前に出たところがゴール。


2011年ドバイワールドカップが行われた3月26日は、ヴィクトワールピサの歓喜からさかのぼること14年、第2回ドバイワールドカップにて異国の地に散った“砂の女王”ホクトベガが父・ナグルスキーと母・タケノファルコンの間に生まれた日でもあった。

...それから4年、一頭の牝馬が果敢に挑戦した。その名はトゥザヴィクトリー。

2001年 トゥザヴィクトリー 2着


2011年まで掲示板も難しい状態だっただけに、ヴィクトワールピサとトランセンドのワンツーには驚きをもって伝えられたが、それ以前に1頭だけ、あわやの展開を演出した競走馬がいた。トゥザヴィクトリーだ。

第1回ドバイWCのライブリマウントから2000年の第5回まで計4頭が挑戦し、完走した3頭はすべて6着に完敗という歴史だけが残っていた。

レースでは、トゥザヴィクトリーが果敢に逃げて単騎先頭の形を作るも、直線残り200mで力尽きてしまう。大本命馬キャプテンスティーヴに捉えられたが、そこから懸命に粘って2着を死守した。

2011年の歓喜はオールウェザーが舞台だっただけに、ダートで見せ場を作れた日本馬はトゥザヴィクトリーのみ。また、牝馬の連対は昨年のドバイWCまで計22回のうち、この時の2着が唯一無二。
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Posted bytake0606

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