テレビがモリカケばかりでツマらないので、「保守」と「左翼」を整理していくよ。 更新5/17

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2018/05/17更新
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引用:Wikipedia

 テレビもクソつまらないし、流石にモリカケ問題も鬱陶しいので、私見になりますが「保守」と「左翼」について整理するページにします。



目次

 保守思想とは何を意味するか
   ・大人たることが第一条件 
   ・「サヨク」とはミーハーで流行りもの好きのコドモ
   ・テレビ放送も左翼またはサヨク
   ・マスメディアが流す情報は大衆のためでは無い 
 ▶「B層」とはミーハーバカ
   ・郵政民営化にあたり、想定された 
   ・B層社会では教養が軽視され、嘘がまかり通る
   ・マスコミとは権力の代弁者
   ・選挙権を行使しようとするも 
   ・とはいえ政治的無関心は危険
   ・やはり「B層」そのものが問題 
 ▶「ネトウヨ」も「サヨク」
   ・「反グローバル」こそ保守の在りよう
   ・小林よしのり氏“ポチホシュ”批判の真意
   ・共産主義と新自由主義は同根
   ・“ワンワールド”を無抵抗に受け入れるなら「サヨク」
 ▶愛国心はいわゆる“右左”とは無関係
   ・“右左”は手段に過ぎない
   ・「B層」=「ネトウヨ」=「テレサヨ」



保守思想とは何を意味するか

大人たることが第一条件



 保守思想が何を意味するか、その定義は様々であろうが、今、仮に保守思想を体現した人物が眼前に現れたと想定してみると、その人物はまぎれもなく大人の風貌をもっていると見当がつく。
 オトナの定義もこれまた様々であろうが、さしあたり、物事に熱狂するのを避けること、それが大人たることの第一条件だといえよう。

出典
西部邁「日本の保守思想」


 分なりに上述の引用を解釈すると、それは、

 物事に熱狂するあまり本質を見誤ること。それはつまり、目新しい物事に浮かれ、浮足立つことを避ける努力を日々続ける事が大人だということ。その在りようが保守なのだと言っているのであろう。

 本質とは、日本における価値。つまり、日本の長い歴史の中、そこに暮らした人々が連綿と続けてきた習慣から育まれた、伝統、文化を保守すること。

 保守とは、日本の歴史を守ること。先達が育み伝えてきたものを貴ぶこと。また、彼ら先達の習慣から生まれた、伝統、文化を守り抜くこと言える。

 逆に、それら以外は左翼と言って良い。

「サヨク」とはミーハーで流行りもの好きのコドモ


 行というものがある。流行りものでも何でもいいが、最近だと分かりやすいものとして、ハロウィンなどがそうと言える。

 これも日本人における大事な、日本の価値観を破壊するもために流行らされたモノで、神道や日本人の道徳観を破壊するためのモノともいえる。

 つまり、テレビが執拗に放送し、垂れ流すものには必ず意図があり、ブームを作りたいのだ。そのブームとは、おおよそ日本を破壊するためのモノだろう。

西部氏が言う

 「オトナの定義もこれまた様々であろうが、さしあたり、物事に熱狂するのを避けること、それが大人たることの第一条件だといえよう。」

 とは、流行りもの、流行のモノを真っ先に疑うのが大人の所作であり、ミーハーで流行りもの好きはコドモと言っている。

 つまり、ミーハーで流行りもの好きのコドモは「サヨク」ということです。



ここまでまとめ

保守とは...日本の歴史や伝統、文化を守り抜くこと。それらを保守すること

左翼とは...日本の歴史や伝統、文化を破壊、または蔑ろにすること


テレビ放送も左翼またはサヨク


 レビ放送とは左翼となります。もちろん、テレビ放送の本分がGHQ由来であるので当たり前とも言えます。また、学生運動世代が放送局内でも力を握ってもいますし、それを支える視聴者も団塊世代がボリュームゾーンでありますので仕方のないこととも言えます。

 話が前後しますが、テレビの本分とはGHQ由来の日本弱体化と言えるのでしょう。

 それはいわゆる3S政策といった、Screen(スクリーン=映画)、Sport(スポーツ=プロスポーツ)、Sex(セックス=性産業)を用いて人々を堕落させたり、政治の無関心状態をつくりだす愚民政策と、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)といったもので「旧日本軍は悪」のイメージを植え付け、米国の不都合を糊塗し東京裁判や戦後の日本統治を問題なく進みやすくしたい意図を踏襲していると言える。

 テレビの本分とは日本弱体化なので、その為には日本の歴史や伝統文化を捻じ曲げても厭わないと言うことになりますので、テレビ放送は左翼ですし、テレビ放送を無批判、無根拠に有り難がる人々も左翼となります。

ここまでまとめ

 テレビ放送やそれらを無根拠に有り難がる人々もサヨク。何故なら、日本のテレビ放送とは日本弱体化のために必要だったから



マスメディアが流す情報は大衆のためでは無い


 ちろん、政敵を引きずり下ろすためには偏向、ねつ造なんでもござれ。マスメディアが流す情報は大衆のためではなく、権力者や、権力争いをする人のためのもの。

 モリカケ報道もそうで権力者を引きずり下ろし、権力を握りたい層が仕掛けている権力争い。意味がない。見るだけ無駄だし、こんなくだらないモノが面白いと思える情緒の無いものは、やはりただのサヨクだよ。

「テレビ好き」=「テレサヨ」

「テレサヨ」とはテレビサヨクのことで、テレビ好きはサヨクになると言うことを示している。


 当たり前の話で、その為のテレビなのだし、最近チラホラ見かけるようになった「ここがすごいぞ日本!」的wwwな番組も疑ったほうがいい。

 現在、世界の中で相対的に力を失い続けている日本国を「ここがすごいぞ日本!」と言えるなら、ただの精神論。その安直な精神論は危険なモノで度々判断を誤らせている。戦前もそうなのでしょうね。

 日本人と日本国はつつましい時こそ力を発揮している様に思うが、「ここがすごいぞ日本!」はただの夜郎自大。



「B層」とはミーハーバカ

郵政民営化にあたり、想定された


B層 01

B層(ビーそう)とは、郵政民営化の広報企画にあたって小泉政権の主な支持基盤として想定された、「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」と定義されている。

由来
 2005年、小泉内閣の進める郵政民営化政策に関する宣伝企画の立案を内閣府から受注した広告会社・有限会社スリードが、小泉政権の主な支持基盤として想定した概念である。

 スリードの企画書では国民を「構造改革に肯定的か否か」を横軸、「IQ軸(EQ、ITQを含む独自の概念とされる)」を縦軸として分類し、「IQ」が比較的低くかつ構造改革に中立ないし肯定的な層を「B層」とした。B層には、「主婦と子供を中心した層、シルバー層」を含み、「具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層、内閣閣僚を何となく支持する層」を指すとされる。

 上記の企画書がネット等を通じて公に流布されたため、資料中に使用された「IQ」という知能指数を示す語や露骨なマーケティング戦略が物議を醸すところとなり、国会でも取り上げられた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/B層



ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体 (講談社+α新書) 新書 – 2011/8/19
適菜 収 (著)

では、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』から「B層」についてまとめます      

B層社会では教養が軽視され、嘘がまかり通る


 B層社会では教養が軽視され、知が攻撃されると言われています。テレビなどでおバカタレントが有難がられるのはこの為です。また、教養や知を軽視されれば嘘が蔓延する土壌となります。

 B層社会が拡大するにつれ、戦後GHQがテレビやラジオといった放送、または新聞といった紙媒体をスピーカー代わりとしてアメリカの不都合を糊塗するために喧伝され続けただけのモノを信じ込み、「日本=悪」とばかりに戦後アメリカがつくり上げた世界秩序の中でしか歴史を判断できない人が増えていく。

 B層はA層から与えられた理論、イデオロギーを信仰しますし、D層はおろか、C層までも古臭い凡庸な人間と、自身の素養を顧みず安直に極端な発想をします。グレーゾーンで考えることも苦手で、突如、極論を言い出したりもします。

マスコミとは権力の代弁者


 会のルールは、日本では官僚と政治家がつくります。また、財界や圧力団体は官僚や政治家に圧力をかけて、自らの思惑をルールに反映させようとしてゆきます。

 マスコミは「世論」という出鱈目を捏造し、官僚や政治家に圧力をかけます。多くの国民の意向などは、ほぼ社会のルールに反映されることはありません。

 ルールを作ることのできる立場にあれば、誰でも自分の有利なようにルールを作ります。なので益々、強い者は強くなり、弱い者は弱くなります。もちろん、ルールを作る側に回れば良いのですが、そう簡単には行きません。

 この国の支配者になるためには、東京大学法学部を優秀な成績で卒業するか、または、良家の子女に生まれなければなりませんが、後者は多くの人にとっては無理。残された前者も難しく、子供の頃からの親の経済力がモノを言いますから、険しい道のりと言えます。

選挙権を行使しようとするも


 くの国民にとっては、積極的に行動を起こせる事とは、「選挙で1票を投じる」か「デモをおこす」となるが、選挙結果はマスコミによって誘導されたりもしますし、デモ活動も意図的に国民の目から隠されるか、マスコミの誘導のための工作として利用されたりと国民のためではないから広がりずらく、支持も得られずらい。

 結果、「長いものに巻かれる」や「政治的無関心者になる」という選択肢にならざる負えなくなる。もちろん、既得権益に縁故などでありつき生きている人々もいますが、適当に利益を得ることができても、利用価値のない人には、既得権益層は見向きもしないので、そのうち使い捨てにされるのが関の山と言えます。こうして政治的無関心層が形成されて行きます。

とはいえ政治的無関心は危険


 配者にとって、政治的無関心者が増えると、この上なく支配がしやすくなります。アメリカ合衆国の政治学者ハロルド・ラスウェルは政治的無関心を「無政治」「反政治」「脱政治」の3つに分類しました。このうち反政治的、脱政治的の無関心には、政治に対するリテラシーを持っている人が多いと言われています。

ラスウェルによれば、現代人の政治的無関心は以下のように分類できる。

無政治的無関心 ……仕事や娯楽を優先しており、政治には関心を抱いていない状態。狭義の政治的無関心。
反政治的無関心 ……宗教的な理由などにより、積極的に政治との関わりを避けようとする状態。
脱政治的無関心 ……かつては積極的に政治に参加していたが、挫折や幻滅を味わったことで政治から離脱している状態。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ハロルド・ラスウェル


 面、「無政治的無関心」は非常に厄介な問題と言えます。何故なら、これらの無関心者は、政治を他人事もしくはワイドショー的な感覚で捉えており、彼らをいわゆる「B層」といった言い方をします。また、有権者に占める「B層」の割合は3割強と言われており、この人達は滅多に選挙には行きません。
 
 本来、選挙民が参政権を行使しないということは由々しきことでもあるのですが、選挙権を行使したら行使したで、また大きな問題が起こったりもするから厄介です。

やはり「B層」そのものが問題


 B層はマスコミの意図し誘導した通りの行動に走ります。得票率を下げたい選挙では、投票に行かないし、また、逆に投票を煽ればマスコミの意中の人に投票をします。

 もちろん、B層を巧みに誘導する既得権益層には怒りを感じますが、B層自体にも大きな問題があります。かれらは自分で自分の首を絞めている事とは知らず“既得権益の別動隊”として機能をしています。

 ただB層も、やや減少しているといわれています。ネットやSNSの影響も大きいのでしょう、マスコミや政府の言っていることの異常さを感じ取る人も増えたのでしょう。

 既得権益層にとって、B層の減少は死活問題と言え、徹底的にB層の覚醒を妨害しようとしていると言われています。スピーカー代わりのマスメディアに、より一層の注意が必要となります。

「ネトウヨ」も「サヨク」

「反グローバル」こそ保守の在りよう


 自由主義でも、グローバリゼーションでもいいが、何故だかネトウヨはこれらを無視し続ける。また、無視したうえで、特亜批判を繰り返す。

 特亜批判を繰り返し行い、米国を疑いもせず無条件に“ともだち”と言えてしまうのは何故なのか?

 保守思想の人間が重きを置くこととは戦前の日本の価値観を大事にすることで、戦後は米国の喧伝に毒され、その喧伝のスピーカー代わりのマスメディアを憎む事ではなかったのか。

 マスメディアの垂れ流す、日本破壊の悪意を憎む事ではなかったか。



小林よしのり氏“ポチホシュ”批判の真意


 もそも、戦後日本の社会の仕組みとは、米国の意向を汲み取りできたもので、日本人のためでは決して無い。特亜批判もいいが、その仕組みをつくったものを憎んでこそで、それらの悪意から日本国を守ろうとしたのが先達であり、また、かれら先達の中に半島の人々も含まれていなかったか。

 保守でありながら、都合よく忘れ“ポチホシュ”となり、特亜批判とは何故なのか?

 先達は報われはしなかったが、欧米列強の悪意から日本のみならず特亜のためにも戦ったはずだ。

 何故、保守が彼ら先達の想いを真っ先に汲み取れないのか甚だ疑問だが、小林氏の“ポチホシュ”批判から左派陣営への転向は「ネトウヨ」も「サヨク」でしかなかった事への幻滅で、かれらのような「ネトウヨ」を生み出すことに加担した自身への戒めとも、僕は認識している。

1910年当時のアジア情勢:日本は欧米列強に包囲されていた
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https://fujissss.exblog.jp/10705930/

  

共産主義と新自由主義は同根


 イプが違えど共産主義と新自由主義は同根で、これらの悪意と戦ったのが先達。相手も悪く勝てるはずもないが、負けると分かっていても日本を守りたかったのでしょう。

 悪意を向ける彼らの目指すところは“ワンワールド”。

 その悪意に抵抗したのが戦前の日本国で、現在は完全に飲み込まれてしまったが、保守の人間までもが新自由主義に疑問を抱かないのなら、やはり、小林よしのり氏が指摘した“ポチホシュ”でしかないのかも知れない。

 共産主義に疑問を抱くが、新自由主義に疑問も抱けないなら不勉強か、もしくは確信犯的に無視しているかのどちらか。

帝国主義の世界(赤が欧米の帝国主義勢力) (一部地図の色分けに間違いがあります。南米とアフリカの一部)
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https://fujissss.exblog.jp/10705930/

“ワンワールド”を無抵抗に受け入れるなら「サヨク」


 はり、その所作は“ポチホシュ”でしかなく、B層由来の「ネトウヨ」。“ポチホシュ”も「サヨク」でしかない。ただ、これらの指摘自体、9.11前後には、前述の西部・小林両氏によってなされてる。

 「ネトウヨ」は“ポチホシュ”でしかなく、ただの「サヨク」と。

 「ネオコン」でも新自由主義でも何でもいいけど、これらも共産主義とそう変わらない。目指すところは、どちらも“ワンワールド”

 “ワンワールド”では、日本の歴史と伝統、文化は蔑ろにされる。共産・新自由主義いずれでも、破壊される。

 反共なら、同時に反新自由主義でないと整合性が取れないと思うけどね。

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愛国心はいわゆる“右左”とは無関係

“右左”は手段に過ぎない


 とえば、先の大戦が欧米の悪意との戦いだったとして、現在においても、米国のような新自由主義や、また露中のような一部の人間の富を守るための軍事独裁だったとして、やはり、これら二つの主義は同根と言えるかもしれないし、いわゆる“右左”といったモノが問題ではないのかも知れない。

 米国においても、新自由主義者によってのルール変更により民主主義が危うくなっている。が、マスコミに「世論」という出鱈目を捏造させ、多くの国民の意向など、ほぼ社会のルールに反映されることは無いと聞く。

 これらは露中と言った独裁主義国と同様で民主主義などでは無く、新自由主義とは独裁主義と同根と言えます。

 もし、保守層が反共でありながら、新自由主義に対し無批判、無根拠に受け入れてしまうのだとしたなら、例えば、国防の為にそれが必要な現実、合理的判断だったとしても、その在りようは保守的とは言えない。

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「B層」=「ネトウヨ」=「テレサヨ」


 在、日本国内においてトランプ批判している人々は、左派層だとして、また、逆にトランプ支持の人々は、いわゆる保守層なのでしょうね。

 保守層が第一とするのが戦前の日本の価値観。また、当時の日本に対する悪意というものが、欧米基準だったはずです。

 現在においても、欧米基準に無抵抗に屈したのだとしたなら、先達をも蔑ろにする事にならないか。

 もし、先達が欧米基準に抗わばければ、“現在の日本もアジアも無い”というのが、保守層の基本スタンスのはずで、現実、合理的判断を御題目に、米国の言うがままになるのだとしたなら、先達は何と戦っていたのか、と言う事になります。

 左派層にしても、確信犯的なのか、お花畑由来なのか、“フェミ・LGBT”など耳ざわりの良い事ばかり喧伝し、多様性を認める意図のはずが、結果的に、米国が中心となり推し進めるグローバリゼーションを側面から支援する事となってやしないか。

 その行為とは、反グローバル、反新自由主義の自由を奪うといった反多様性を示す行為でしかなく、“リベラル”も口だけとなってしまいます。

 結局、左派層、保守層におけるB層的安直さを内包している者こそ悪という事になります。

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