人のいのちはモノではないココロである



リベラル理論でこんなのがあったような気がします


「人の命は地球よりも重いから命を大事にしましょう」

許せないのは、リベラルはお花畑珍理論を喧伝し続けた癖に、今回の件では手のひら返しで、物質性価値観である、売り上げ、視聴率の為には生命の尊厳も屁とも思わない唯物的な様を繰り広げ、そして、恐らく、そのうちマッチポンプも厭わずテレビで特集番組を組み自分たちの疚しい行為を誤魔化す為にも感動ポルノを押し付ける。

そもそも、「人の命は地球よりも重い」などと態々そんな薄ら甘い事を自ら主張するのは、己自身の疚しさを誤魔化す為であり、本来、人の命は儚く吹けば消えそうなくらいだからこそ、その儚く脆い人の命に対しての惻隠の情が生まれ、そして、その人自身は儚く消えそうだが、なお必死に消えまいと生きようとするからこその全うする命でもあり、態々、リベラルが薄ら甘いお花畑価値観で「命は地球よりも重い」などと知ったような事を簡単に言うなよ、と思うね。

だからこそ、リベラルのその唯物的な様が恐ろしく感じるし、そもそも、リベラルとは人の命に対しても精神性で向き合うこともせず、ただただ、主義主張の為には命を命とも思わないような事を繰り返してきたのだが、どうも、その事を麻央さんの件でも示したようだ。







人のいのちは「モノ」ではない「ココロ」である

外部リンク
「人の命は地球よりも重い」......如何にもな、左翼思想で、人をも「モノ」として見ている。つまり、地球との比較をする事により、物質性で人間を見ている事を示している。

『人の命は地球より重い』とは、この言葉は1977年日本赤軍によるダッカでの日航機ハイジャック事件で、犯行 グループが高額の身代金と日本で服役中の過激派や爆弾魔などを解放するよう 要求した時に、時の福田赳夫首相が言った言葉として記憶しておられる方も あるかも知れません。


保守思想で言うとこうだ。人の命は吹けば消えそうなくらい儚いが美しい。そして、儚く脆い人の命に対しての「惻隠の情」が生まれる。

外部リンク
「惻隠の情」......孟子によると『惻隠の心(情)』とは、相手の心情を深く理解することであり、親が子を思う心と同じで、相手の立場に立って、ものごとを感じとるという感覚上の自然の性格の発露なのだそうだ。




武士道 (PHP文庫) 文庫 – 2005/8/2 新渡戸 稲造 (著), 岬 龍一郎 (翻訳)



「武士道」とは「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」からなる道徳であります。その徳目の中のひとつが「仁」で

「仁」...人としての思いやりと他者への憐れみの心。「惻隠の情」であり弱き者を、いたわり思いやる心。



つまり、人を物質性で判断するのではなく、精神性で見る事が出来れば、わざわざ「人の命は地球よりも重いから命を大事にしましょう」などと荒唐無稽なことを言わずとも済む。「惻隠の情」を持って接したときこそ、人をいたわる気持ちが、自然と生まれてくるのではないかと思う。人には「ココロ」で接したい。


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