人の命はモノではないココロである -備忘録-

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Bytake0606

2018/01/10更新
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いわゆるリベラル理論でこんなのがあったような気がします

「人の命は地球よりも重いから命を大事にしましょう」


許せないのは、いわゆるリベラルはお花畑頓珍漢ロジックを散々喧伝し続けた癖に、今回の件では手のひら返しで、物質性価値観である、売り上げ、視聴率の為には生命の尊厳を屁とも思わない唯物的な様を繰り広げ、そして、恐らく、マッチポンプも厭わずテレビで特集番組を組み自分たちの疚しい行為を誤魔化す為の感動ポルノを視聴者に押し付ける。


そもそも、「人の命は地球よりも重い」などと態々、そんな薄ら甘い事を自ら主張するのは、自身の疚しさを誤魔化す為の所作でもあり、また、本来なら、

人の命ははかなく、吹けば消えそうなくらいだからこそ、そのはかなく脆い命に対しての惻隠の情が生まれ、

また、その人自身は儚く消えそうだが、なおも、必死に消えまいと生きようとするからこそ、全うする命と言えるかもしれないし、そう想像できてこその惻隠の情でしょうに


それを、まぁペラペラと、いわゆるリベラルが薄ら甘いお花畑価値観で「命は地球よりも重い」などと知ったような事を簡単に言うなよ、と思うね。

だからこそ、リベラルのその唯物的な様が恐ろしくも感じる。


そもそも、いわゆるリベラルとは人の命に対しても精神性で向き合うこともせず、ただただ、主義主張の為には命を命とも思わないような事を繰り返してきたのだが、どうも、その事を麻央さんの件でも示したようだし、リベラルがひとの精神性を無視する事に疑問を覚えない事に、なおも恐ろしさを感じる。




人の命は「モノ」ではない「ココロ」である

外部リンク
「人の命は地球よりも重い」......如何にもな、左翼思想で、人をも「モノ」として見ている。つまり、地球との比較をする事により、物質性で人間を見ている事を示している。
『人の命は地球より重い』とは、

この言葉は1977年日本赤軍によるダッカでの日航機ハイジャック事件で、犯行 グループが高額の身代金と日本で服役中の過激派や爆弾魔などを解放するよう 要求した時に、時の福田赳夫首相が言った言葉として記憶しておられる方も あるかも知れません。

http://www.ffortune.net/maigo/chikyuyoriomoi.htm



保守思想で言うとこうなる

人の命は吹けば消えそうなくらい儚いが美しい。そして、儚く脆いが、その美しい命に対しての「惻隠の情」が生まれる。

外部リンク
「惻隠の情」......孟子によると『惻隠の心(情)』とは、相手の心情を深く理解することであり、親が子を思う心と同じで、相手の立場に立って、ものごとを感じとるという感覚上の自然の性格の発露なのだそうだ。



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「武士道」とは「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」からなる道徳であります。その徳目の中のひとつが「仁」で

「仁」
....人としての思いやりと他者への憐れみの心。つまり、「惻隠の情」であり、弱き者をいたわり思いやる心。

人を物質性で判断するのでなく、精神性で見る事が出来れば、わざわざ「人の命は地球よりも重いから命を大事にしましょう」などと荒唐無稽なことを言わずとも済む。

「惻隠の情」を持って接したときこそ、人をいたわる気持ちが自然と生まれてくるのではないかと思うし、人には「ココロ」で接したい。


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