人の命は“モノ”ではない“心”

take0606

2018/05/17更新
 いわゆる“リベラル理論”でこんなのがあったような気がします。

 「人の命は地球よりも重いから命を大事にしましょう」

 許せない事があるとするなら、いわゆる“リベラル”はお花畑頓珍漢ロジックを散々喧伝し続けた癖に、今回の件では手のひら返しで、物質性価値である、売り上げ、視聴率の為には生命の尊厳を屁とも思わない唯物的な様を繰り広げ、恐らく、マッチポンプも厭わず、テレビで特集番組を組み、自身の疚しい行為を誤魔化す為の感動ポルノを視聴者に押し付ける。

 そもそも、「人の命は地球よりも重い」など、わざわざ、自ら主張するのは、自身の疚しさを誤魔化す為の所作そのもの。

 人の命ははかなく、吹けば消えそうだからこそ、そのはかなく脆い命に対しての惻隠の情が生まれ、また、その儚く消えそうだが、なおも、必死に消えまいと生きようとする命だから美しくあるはず。

 いわゆる“リベラル”がお花畑ロジックで「命は地球よりも重い」などと安直に発する様から、“リベラル”の唯物的な部分が見え隠れしている。

 また、いわゆる“リベラル”とは、人の命に対して“心”で向き合うこともせず、ただただ、主義主張の為にまたは、視聴率や売り上げと言った“モノ”の価値にばかりに目が行く。

 つまり、結果至上主義でもあるが、結果を出すには現実的、合理的判断が必要となり、そのありようが極端に出たさまが、命を命とも思わないような事を繰り返す所作として表れてもいる。

「人の命は地球よりも重い」
....如何にもな、左翼思想で、人をも「モノ」として見ている。つまり、地球との比較をする事により、物質性で人間を見ている事を示している。
『人の命は地球より重い』とは、
 この言葉は1977年日本赤軍によるダッカでの日航機ハイジャック事件で、犯行 グループが高額の身代金と日本で服役中の過激派や爆弾魔などを解放するよう 要求した時に、時の福田赳夫首相が言った言葉として記憶しておられる方も あるかも知れません。
http://www.ffortune.net/maigo/chikyuyoriomoi.htm

人の命は吹けば消えそうなくらい儚く美しい。そして、儚く脆く、その美しい命に対しての「惻隠の情」が生まれる。

外部リンク
「惻隠の情」
....孟子によると『惻隠の心(情)』とは、相手の心情を深く理解することであり、親が子を思う心と同じで、相手の立場に立って、ものごとを感じとるという感覚上の自然の性格の発露なのだそうだ。


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「仁」
....人としての思いやりと他者への憐れみの心。つまり、「惻隠の情」であり、弱き者をいたわり思いやる心。

 人を物質性で判断するのでなく、精神性で見る事が出来れば、わざわざ「人の命は地球よりも重いから命を大事にしましょう」などと荒唐無稽なことを言わずとも済む。

 「惻隠の情」を持って接したときこそ、人をいたわる気持ちが自然と生まれてくるのではないかと思うし、人には「ココロ」で接したい。
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