川谷絵音はロック。そして、アイドルヲタクもロックである可能性。

  03, 2017 11:42
08/13更新



アイドルは「モノ」ではないよ


-激情型ドルヲタは読まずに直帰で-


ドルヲタってのは、まず、対象に対し可愛さやら若さと言う価値を求めます。そして、この若さと言うものの中に純潔性などの価値観も当然含まれます。いや、それに関しては解らなくも無いです。ただ、ヲタ自身の未熟な「精神性」と「物資性」を磨かずして、相手にだけは、それらの価値観を求めるなどと言った間抜けな事を続けているのです。そして、ネット上においても同じ事を疑いもせず繰り返し、ストークしたり、批判を繰り返す。そして、そのことを少しも疑問にも思わない。

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いやいや、口が過ぎたので理解する作業を少ししてみます。可愛いさ、若さと言った価値観はわからなくもない部分もある。ただ、此れは、新しいものが必ずしも価値があり、そして、古いものには価値がないとの、「物質性」優位の考えであり、認識はしてないにせよ対象を「モノ」と考える所作であります。それは植え付けられた価値観でもあるのですね。

逆に、ヲタ自身をこの価値観において判断してしまうとヲタの存在否定に繋がる事になるのだけれど、恐らく、その様な考えにも至らないであろうから、ドルヲタを無批判で続けられるに至るわけで、まぁ、正当化でもしなければ、其れこそドルヲタなど続けられるはずもないのです。


-美しいものが好き。ただ、醜いものは醜いものを理解しない-

前提として、基本的には己と言うものは美醜においては醜であり、尚且つ、歳を重ねていく中で、見た目が衰えていくのは当たり前の事。それでもなお、己は顧みず、無批判、無根拠にアイドルの可愛さ、若さと言う「物質性」だけに価値を求め続けるのであるのならば、何かもう別の世界で生き続けている人たちなのだなと感じるし、この手のタイプの人ととは、話がかみ合うはずも無い。

おさらい
「文明」.....物質性を重んじる。 現実的・合理的・即物的・唯物的・経済・効率.....を重んじる。つまり「モノ」である。
「文化」.....精神性を重んじる。 理想的・非合理・観念的・唯心的・歴史・伝統.....を重んじる。つまり「心」である。

本来、「音楽」とは「文化」に属する。言わば「心」。「心」を重視してこその「音楽」。決して「モノ」ではない。


-川谷絵音はロックである-

話はズレますが進めます。「ロック」とは何ぞや、と僕に語らせ頂けるなら話します。いや、関係なく話します。つまり「ロック」とは精神性を重んじる事。決して形式ではない。だから、バンド形式だから「ロック」であるという事でもない。形式に拘った時点で「モノ」であるし、定義づけた時点で、権威性も示してしまう。権威側の時点で体制側でもあるし、権威とは大衆が好むものなので、「大衆」側。つまり「ポップ」であり、大衆とは経済重視であり、体制側でもある事なのだから、当然これもPOP。「文明」側の価値観はすべてPOPである。逆に「文化」側はすべて「ロック」と言っても間違いではない。

「不倫は文化」であるにおいて、ゲスの極み乙女。川谷絵音は必ずしも「ロック」である。







植え付けられた価値観は捨てる


-ドルヲタとアイドルビジネスは鏡-

そもそも、ドルヲタやジャニヲタってのは、精神性においても、とてもではないが高いとは思えない。そして、己の幼稚性を受け入れられていないのだとしたら、どれだけ未熟なのかと。その程度の人たちに、あれやこれや言われたくは無いと思うのが、真っ当だし普遍の認識で、そして、それらの人々の中でもヤバい奴がノイジーマイノリティーとしてアイドルを批判したりする。当然、その位の幼稚性だからこそのドルヲタだし、それらの人々を相手にしなければならないアイドルビジネスなのだから、そのビジネス自体に倫理観を求めるのも筋違いに思う。ドルヲタとアイドルビジネスが鏡であるのも当然の事。


-アイドルビジネスをプロレスと考えられないセンス-

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某アイドルグループの女子が結婚宣言したとして、その行動自体に批判を繰り返すドルヲタとは、なんなのかとも思う。非交際を信じ込んでいるのか。プロレスだとも思って楽しめないのか、と思う。流石に対アイドルに執着し過ぎで、し過ぎるから、幻想を抱くのであろう。だから、許せなくなるのか。

しかし、自分自身を顧みず、ただただ、鏡である筈の対象を批判するのに明け暮れるのは、どうしたものかとも思う。そして、それは己自身の未熟さを表していて、それこそ嫌ならドルヲタなど辞めれば良いのにも関わらず、新しい女の子にしがみ付き、なおかつ批判していた筈のアイドルビジネスにも依存する中二男子反抗期風情を繰り返す幼稚性。

ただただ、アイドルの「心」を無視し「モノ」として見る様には閉口するが...。

アイドルとは本来「文化」側で、「文化」「心」と言った「精神性」を重視するのである。

「物質性」である価値観、つまり「モノ」「現実的」「合理的」「経済」を重んじる事無く、「精神性」を重視し判断した子を断罪する様には....やはり、「心」を無視し「モノ」としての機能性としてしかアイドルを見ていないのだろう。残念だよね。




文化に生きる人間はサラリーマンでない


-アイドルもロックミュージシャンもサラリーマンではない-

サラリーマンとは、日本における会社員(正規雇用)を現わす用語で、民間企業に勤める給与所得者のうち、役員や専門職(医師・弁護士など)を除いた者である。と、いきなり答えを出してしまいましたが、これを言いたかったわけではありません。

サラリーマンとは「文明」側に所属しているのですね。「都会」「経済」「現実的」「合理的」「効率的」「モノ」.....云々。まぁ物質性を重んじます。うん、理解できます。文明社会に生きる人間がルールを守らずに行動を起こしたら、当然、秩序が壊れます。勿論、秩序も「文明」側の言葉なのですが。「モノ」が壊れるのはまずい。「文明」社会が成り立たなくなる。よって、彼らはサラリーマンでない人間の「無秩序」が許せない。

対する、アイドル、ロックミュージシャン、芸人....云々の芸能で生きる人はサラリーマンではない。どちらかと言えば「文化」側に所属します。「理想的」「非合理」「観念的」「唯心的」「歴史」「伝統」「心」........云々。つまり精神性を重んじる。サラリーマンとは対極にあります。

サラリーマンのルールで縛る事の難しい存在が、アイドル、ロックミュージシャン、芸人....云々の芸能で生きる人々なのです。

補足しますと、ビジネスアイドル、ビジネスロック、ビジネス芸人は矛盾をはらんでいます。本来の意味からすると認めてはいけない存在です。寧ろ憎むべきはこちらです。


-ドルヲタとはロックである可能性-

例えば、アイドルビジネスとは、「文明」側で、勿論「経済」「効率」「現実的」「合理的」と言った判断がなければ、ビジネスとして成立しない。そして、勿論それは体制側であるのだが、逆に「経済」「効率」「現実的」「合理的」からは逸脱するドルヲタとは反体制で反権威、反権力ではないだろうか。無理くりかな...。見ようによっては生き様が「ロック」かも知れないね。

まぁ、万人に言える事ではあるけれども、相手に振り向いてもらうには己自身が植え付けられた糞みたいな価値観の糞個性でないようにあるべきだし、少なくとも、其れから相手に語りかけるべきだよ。その方がカッコいいし、「ロック」であると言えるかもしれないね。



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