日馬富士暴行問題まとめ -日本においての正しさとは武士道と神道を重視すること-

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2017/12/24更新
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外部blog記事
相手を疑うのも良いが、同様に自分も疑ってみればいいと思う。いうほど皆大差ない。-日馬富士暴行問題-

真相は『藪の中』という有名な言葉の語源となった作品でもあり、この言葉を辞書で引くと、「関係者の言い分が食い違っていて、真相がわからないこと。」と説明されている。

『羅生門』は1950年に公開されるも、日本では不評だった。が、海外では高く評価される事となる。

ただ、何故この作品が日本では評価されず、海外で評価されたのかというところであり、それは、本来、日本人は当たり前の事として持ち合わせていた価値観が由来してのことと、僕は理解している。

つまり、何かというと、一神教と多神教の話であり、一神教の国の人々は絶対的かつ客観的現実があると認識していて、いわゆる、それが「神の視座」なのだが、かれらは、絶対的に真実はひとつと思い込んでいる。

が、『羅生門』という作品は違った。 「絶対なんてないよ。真実なんて分かりっこないよ。」と問題提示されてしまったものだから、当時の時代背景もあいまって、世界中のインテリ層がこぞって見てしまったのだが、日本人にはピンとこない。


相手を疑うのも良いが、同様に自分も疑ってみればいいと思う。いうほど皆大差ない。-日馬富士暴行問題- - たけさんのzakki




日馬富士暴行問題 記事まとめ

日馬富士暴行問題結論 -日本においての正しさとは- - 相撲

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日馬富士暴行問題においての善悪だけにとどまらず、日本においての正しさとは、日本の連綿と続く歴史の中から、人々がそこで暮らし、生き、そして、そこで紡いできた伝統文化を、尊ぶ事。


それ以外になく、本件においても、日本における歴史や伝統文化から紡ぎ出された価値観において判断しなければ、少なくとも、大相撲すら断罪することは出来ない。


欧米由来の文明の論理で相撲を断罪する事は、それも、暴力的とも言える。先の大戦で先達は、その暴力と戦い、日本の礎となり、日本人のこころに留まっているはずだ。


日本人が日本人としての心を駆使せず、欧米の論理で断罪するならば、先達を蔑ろにし、日本の歴史と伝統文化をも蔑ろにした事にもなる。


つまり、日本における価値で判断しなければ、正しいとは言えないのだろう。



日馬富士暴行問題結論 -日本においての正しさとは-



松本人志、日馬富士を擁護 「土俵以外で暴力ダメは無理がある」問題 雑感 - 相撲

2017/12/03公開headlines.yahoo.co.jp関連記事現代人とは、どれだけ暴力的かよく理解した。-松本人志、日馬富士を擁護 「土俵以外で暴力ダメは無理がある」問題 雑感- - お笑いtake0606.jpお題松本人志、日馬富士を擁護 「土俵以外で暴力ダメは無理がある」 (ハフポスト日本版) - Yahoo!ニュースtake0606書き込みtake0606|**時間前 削除暴力とは物理的なものばかりではないからな。マスメディアの「報道するorしない自由」も暴力...



本件とは別の話ではあるが、暴力とは、受けた本人の心によるところが大きく、


これは暴力に留まらず、モラハラ、パワハラ、ヌーハラ、なにハラでも良いけど、それらと同様、とにかく客観視しづらく、周りが暴力と囃し立てているのだとしたなら、それは問題だし、もしマスコミ主導なら大問題。


そちらの方が暴力的だし、ペンの暴力とテレビ由来の視覚の暴力は凄まじいといえる。



松本人志、日馬富士を擁護 「土俵以外で暴力ダメは無理がある」問題 雑感



現代人とは、どれだけ暴力的かよく理解した。-松本人志、日馬富士を擁護 「土俵以外で暴力ダメは無理がある」問題 雑感- - お笑い

2017/12/03公開headlines.yahoo.co.jp■目次 ▶暴力とは物理的なものばかりでない   ・安直に考えるから...    ・B層であることを良しとしない筈では   ・いわゆる「報道しない自由」も暴力的 ▶と、ここまでは私見をざっくり述べたが..   ・実際、口で言うのは簡単。だが..    ・ただ、身内に甘くなってしまう...   ・じゃあ、お前もやれよ、となる  暴力とは物理的なものばかりでない■安直に考えるから...暴...



マスメディア由来の情報に、右往左往し、タブスタで、対象を批判する事を良しとしてしまい、また、それら権威、権力を無批判、無根拠に受け入れるのも大衆。また、誰でも理解するような正義で、数の暴力を振りかざし、個人批判にあけくれるのも大衆の心理といえる。



そんなもの、なにも正しくない。


真実など大して意味のない事なのかもしれないし、そもそも、


真実などハナから無いのかも知れない



と理解していた、戦前の日本人の方が、よっぽど理性的で知的だ。なおかつ非暴力的と言えないか。

同時に、現代人とは、非文化的で暴力的と言うことになってしまう。


現代人とは、どれだけ暴力的かよく理解した。-松本人志、日馬富士を擁護 「土俵以外で暴力ダメは無理がある」問題 雑感




道なき道を行く、相撲道  -スポーツと道の戦い- 日馬富士暴行問題 - 相撲

2017/11/17公開 ■目次 ▶道なき者同士の戦い   ・国民総ブーメラン    ・結果ありきが由来している    ・「スポーツ」対「道」   ・プロレスだと思っていた方が...   ・マスメディアはスポーツ 道なき者同士の戦い news.livedoor.com■国民総ブーメラン結局、よく分からない。実際、暴力や体罰的な事はあったのだろうとも思う。ただ、これも、相撲に限らずの事であり、それこそ高校野球などの学生スポーツにお...



先の大戦とは、「スポーツ」対「道」と言いかえても良い。


勝つためにはあらゆるものを駆使し、圧倒的な物量により相手を屈服させようとしてきた米国。その圧倒的な物量に対し、小さな体に秘めた、武士としての勇猛果敢な心と農民としての粘り強さといった、精神力だけで太刀打ちした日本。


もちろん日本は負けた。そもそも、精神力だけでは限界がある。勝てるはずも無い。焼け野原となり、モノがなくなった。そんな世の中では、嘘でも「紳士たれ」を言い続けなければならない。モノがないのだから、なおの事ココロであれと嘘でも言い続けなければならない。


日本も戦後復興を遂げ、バブル崩壊...云々とネット時代に移り変わり、嘘である「紳士たれ」を受け入れられる寛容さすらなくなってしまった。



道なき道を行く、相撲道  -スポーツと道の戦い- 日馬富士暴行問題


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