SNSはあくまでもツールに過ぎない。そこに、大して意味も無い  |マツコ、インスタグラムをやる人に「何が楽しいの?」問題 備忘録  更新6/14

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2018/06/16更新
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マツコ、インスタグラムをやる人に「何が楽しいの?」       

 12月4日に放送された『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、マツコ・デラックスが「インスタグラムに写真をアップすることの楽しさ」についての疑問を語った。

 番組では、「1億2700万人をメジャーとマイナーに分類」というアンケート企画で、「インスタグラムをやる・やらない」を調査。街頭インタビューでインスタをやるかどうかを聞き、「なぜやるのか?」「なぜやらないのか?」など、街の声を集めた。

 「やる」と答えた人は、「(インスタに写真をアップするのは)自慢したい時」「(茨城在住だから東京に来たことを)自慢したくなっちゃうんですよ、友だちに」と、自分の人生の豊かさを自慢するために使っているらしい。反対に、「やらない」と答えた人は、「写真だけ取って捨てるみたいな、ああいうのが好きじゃない」と、インスタにアップするために食べ物を買い、食べずに捨てる人が少なくないことに嫌悪感を示すため、インスタをやらないという意見も聞かれた。

 アンケート結果では、インスタを「やる派は54名」で、「やらない派は46名」と、わずかに「やる派」が多いようだ。

 マツコは、昨今のインスタブームに「教えてほしいの、何が楽しいの?」と、なぜ多くの人がインスタに熱中するのか、番組観覧に来ていた人たちに問いかけた。「いいね!がもらえる」と答えた女性に、「いいね!がもらえると何が楽しいの?」といいね!をもらうことの価値を理解できないマツコ。さらに、「おいしいご飯の場所とか知れる」と答えた女性には、「食べログみたいなこと?じゃあ食べログでいいじゃないの」と、なかなかインスタの利便性にピンとこない様子だった。

 若者の行動になんでもかんでも「それの何が良いんだ!」とツッコむのは、若者を窮屈にしてしまうだけなのかもしれない。時代を作るのは往々にして若者なのだから、もう少し若者の“奇行”に寛容になっても良いのではないだろうか。

最終更新:12/6(水) 11:41
リアルライブ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171206-00000007-reallive-ent





SNSはあくまでもツール

また新しいツールが出てくる。大して意味も無い


解できる話だとは思う。

 確かに、自分もスノーとかいうアプリの動画は苦手。

 正直、イラっと来るw

 ただ、やはりインスタやツイッター、フェイスブックでも何でも良いのですけど、SNSはあくまでもツールに過ぎない訳で、そのツールをいかに使いコミュニケーション、表現、または宣伝や集客云々と言った事をするか否かの話なだけで、そもそも、この話自体大げさに思う。

 時間の問題で、また新しいツールが出てくるモノと思うし、スノーやインスタ、または他SNSも同様に永遠に存在するはずも無い。

 あくまでもツール、問題視するような事でもないような気もする。

 そのツールをいかに駆使するかの話で、若い子なんてオシャレかオシャレじゃないかくらいの感覚しかない。

 当然、ダサいとなれば、心が離れていくのもはやいのが若年層。また、そこに対して意味も無いのかもしれない。

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アウトプットが無いのも良いとは言えない


い子がどうであれ、こうやって表現や意思表示することを、一方的に悪いとして封じ込めるのもおかしな話と思う。

 年をとり本を読み漁るだけで、アウトプットが無いのだとしたならば、私見にはなりますが、それも良い事と言えないように思う。

 また、そのアウトプットも、情報を情報としてしか捉える事が出来ず、雑学でも話すように口にしたり、文字にしたりするのも違うようにも思う。

 言葉とは思想そのものと言える。

 その人が、いかに生き、いかに考え、行動するかに懸かってる。

 読むだけで完結では価値が無い。

 その言葉に力がない。

 インプットしたものを自分の中で消化し、自分自身の生きよう、ありように反映されていく事により、言葉やその情報に価値があり、力がある事になるのだと考える。

 “パワーワード”とは本来そう言うものなのかもしれない。

 また、言葉と言った思想で、相手を打ち負かす事に重きをおく事を良しとしない。

 思想におけるアウトプットとは、いかに行動するかに尽きる。

 それは、“知行合一”のことと言えるのかも知れない。

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SNSの存在理由


見かも知れないと断りつつも、言わせてもらえるなら...

 SNSの存在理由があるのだと考える。

 それが、例えば新自由主義といった価値を伝播するためのツールなのだとしたならば、ローカルが破壊されていく事は仕方がないと言える。また、一つの価値観で世界を覆うという事がSNSの本分なのだとしたら、ネットコミニュティすら破壊されると言えるかもしれない。

 いや、むしろ、そう考えた方が良い。

 SNSの“本分”といったモノを全うするのであるなら、「叩き」や「荒らし」が通用しないとも言える。また、ヘイトが排除されるのもこれが理由と考えられる。

 つまり、SNSの本分から取り残される人間は、否定されるのかもしれない。

 それが、いわゆるコミュ障批判が蔓延る理由と言えるかもしれないが、どうなのか...



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