テレビは老人のおもちゃ ~参加することに意義があるの大嘘~

2017/10/30公開
キーボード




テレビは老人のおもちゃ


■最後のひとりでも言い続ける独裁者


日本のジャーナリズムは狂気の沙汰といえる。衆院選前には、反自民キャンペーンを旧媒体総出ではり、なお、大勢が判明し相当不利と理解すると、年代別、保守系支持率の高い若年層に対し、「選挙行くな!」キャンペーンを始める暴挙。結果、旧媒体の歪んだ望みは実らず、若年層も投票行動を示す。結果はご存知の通りで、テレビを中心とした旧媒体が「意識も素養も低いお前らが投票など、おこがましい」と喧伝むなしく、またもや、旧媒体の意識の低さを晒してしまう。


バカにするのも大概にすればいいと思う。エリート意識なのか何なのかは知らないが、そうやって延々と人の気持ちを蔑ろにし続けて来たのが旧媒体なのだし、左翼なのだろう。

若年層を、政治参加させたかったのではないのか?それとも当てが外れたか?若い子なら、俺たちを支持してくれるかも知れないとか馬鹿にした考え方をしていたのだろう。

馬鹿にするのもいい加減にしろよ、支持されないと見るや「意識も素養も低いお前らが投票など、おこがましい」と喧伝。

舐めんな、若年層を。テレビこそ、情弱バカとボケ老人しか見ない。団塊世代がいなくなったら、旧媒体など、バカしか支持するものなどいない。

若い子は出来る限り選挙権を行使した方が良い。どこに入れろとも言う気もない。ただ、分からないからと権利を行使しないなら、延々とジジイども食い物にされるだけだ。せめて抵抗はしていきたい。


出鱈目も良いとこだよ、これは。

ここまでの掌返し、恥ずかしくて普通は出来ない。日本の精神、とりわけ武士道において「恥」とは死に値するはずなのだが、だからこそ二言が無い。嘘をつく位なら腹を切る、といったところなのだろう。

それをまー、「社会の公器たる」などどの口が言うのかと思うが、まぁ、お仲間の読売も口だけ「紳士たれ」ですから、仲いいですね。あ、そうか、仲良しにされる方がムカつくのかな、お互い様でww



ノブレスオブリージュ∼高貴なるものの義務∼

政治家や官僚、企業経営者はいうに及ばず、ジャーナリズムを発揮しなければならないマスコミの人間までが倫理観の欠落・腐敗が問題視され、彼ら、社会の公器たる人間が引き起す不祥事を背景に、この武士道精神が重要な役割を果たすとして再評価される流れも出てきています。

日本人が培ってきた道徳観、見識、物事の考え方、教養、あり様など、新自由主義の価値観の中、進みすぎた資本主義・拝金主義の世界で、今一度、人として大切なもの、守るべきも、生きようなど、人生を全うするうえでヒントを与えてくれると考えられます。


引用 - 日本である事の価値  
http://take0606.jp/blog-entry-79.html



本気で新媒体の時代に生きることが出来た事を幸せに思う。

戦前から旧媒体、いわゆるマスゴミが繰り返してきた手口だと思うし、ネットが無ければ、この出鱈目がいつまでも通用し、恐らくまた日本は先の大戦と同様に最悪の事態を招いていたかもしれない。

ただ、これも決して、団塊世代の人々が駄目な訳ではない。兎にも角にも彼らも情報が少な過ぎた。そして、この事を無暗に情弱と罵る姿勢は保守的とも言えない。それは、そのまま、戦前において、目や耳を塞がれ、闇雲に欧米と戦わざる負えなかった先達同様であり、彼らをも蔑ろにすることにつながるからだ。怒りを向ける対象を間違えるべきではない。



■まず参加してみるかじゃダメなの?


若い子が「政治は分からないけど、まず参加してみよう」じゃダメなのか?旧媒体お得意の、お花畑理論でこういうのがあったではないか。


「参加することに意義がある」


もう一度いうよ


「参加することに意義がある」


大きくしたよw
ただ、もう旧媒体にこの言葉を吐く資格はない。間違っても東京オリンピックで吐くなよ、この言葉。その言葉を他国や他国の選手に向けて、日本人の若年有権者には向けず、否定しかしなかった歴史しか残らないからね。じゃもう一度言うよ。


「参加することに意義がある」





■みな間違える、特別じゃない


若い頃なんて、みな政治の事など興味も無いし、実際、直接的な影響を受けることも無いから、実感なんてある筈もない。だからこそ、僕もよく分からないけど、分からないなりに、今の若い子同様に、おっかなびっくり投票しに行ったよ。

今から思うと見当違いな考え方をしていたかも知れないし、恐らく、間違った判断だったのか知れない。ただ、だからこそ、この歳まで政治に限らず、それらに関連しているものも勉強を続けている。

おっかなびっくりだからこそ、勉強も続けるし、だからこそ、相手を侮らず尊重できるのではないのか。本来そういうものと思うが、何故、いわゆるマスゴミの人々は、権威主義を振りかざし、反する主義や対象の人々を全否定なのか。



必ずしも己が正しく、相手は間違いの姿勢


■総括してくれよ、という事



間違えるんだよ人は。だからこそ、尚更おっかなビックリ、自信が無いから勉強もする。

当然、間違えるからこそ、間違えだらけで不完全かもしれない人々の最大多数の最大幸福を尊重してこその民主主義なのだし、その、間違えだらけで不完全かもしれない人々が日々生きるが為に働き、空いている時間で、勉強もし、その結果の投票行動が先の衆院選の選挙結果なのだとして、どの立場から、この結果を全否定にかかれるのか、理解に苦しむ。やはり、彼らには心が無いし、これが彼らの信じる思想のあり方といえる。

ただ、彼らは忘れている、自分たちも若かった事を。そして、過去に犯した過ちの数々を。みな同じだよ。特別じゃ無い。



■思想とは、そうでは無い


左翼の発想こそが、独裁的といえるかも知れない。同様に、応援し続けて来た戦後マスコミそのものが独裁的といえる。これら独裁的な面々が安倍首相や自民を独裁と批判したところで、誰が信じるのだろうか。批判以前の問題だと思うし、ましてや八つ当たりも良いところで、若年層に「意識も素養も低いお前らが投票など、おこがましい」などと言葉を向ければ完全に心は離れる。マスゴミの人間は馬鹿なのかと本気で思う。

これらの問題は、意識や能力といったモノでも無い筈で、例えば、保守や左翼といった思想も、その文言において他人を批判するものでもなく、とりわけ保守思想などは精神性を重んじてこその価値観で、心に重きを置くことを重要視されている。

過去において、左翼に対し議論負けしがちだったのも、この為で、左翼が言う、右翼は野蛮だから勉強も出来やしないというのとは違う。


口で言うのは容易いが、実現する事が難しいのを理解しているからだ。


思想とはそう言うものでは無いはずだし、人が生きて行く為の指針と言っても良い。自分が生きて行く上で最重要視するものは何か。何が必要で、何が必要で無いか。何が譲れて、何が譲れないか。


モノが溢れ、情報も溢れている現代社会なら必須ともいえる。


思想とは、決して、文言において他者を全否定するものでもなく、自分自身を肯定していく為に必要な核の部分といえるかも知れない。

そして、保守思想の核とは、日本における歴史や伝統文化を最重要視する事。左翼が破壊にかかる日本の歴史と伝統文化を保守する事に尽きる。

日本の根幹、日本人の核といえる日本の歴史と伝統文化を蔑ろにし続けるなら、選挙以前にもはや日本ではないし、個人的には選挙結果より、こちらが気になる。


このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

Comments 0

Leave a reply